阪神・淡路 大震災から20年 思うこと……

 
1995年1月17日

当時、私は関西に住んでいました。

私の住まいは、奈良県に近い大阪で、山の中腹にありました。

地盤が堅いと言われる土地だったので、地震でも大丈夫と言われていた場所でした。

明け方、寝ていた私は揺れを感じて起きました。

天井からぶら下がっている電灯がぶらぶら揺れているのを見て
「ここにしては珍しく結構揺れているな~」ぐらいの感覚で、また二度寝をしました。

そして……テレビをつけて見ると、梅田の繁華街のショーウィンドーの
ガラスが割れて粉々になっているところが写りました。
「なにが起こっているのだろう?」
と、思ってさらにチャンネルを変えると
神戸の街のあちこちから煙が上がっている映像が写りました。

そう、私は先ほどの何でもない揺れと感じていたものが巨大地震であったと初めて気が付いたのです。


同じ関西であっても、私が住んでいた地域は、ほとんど被害というものがありませんでした。

なので、テレビで映る壊れた家や道などの大惨事が映画を見ているようで、本当に現実感がなかったのです。


神戸の方に住んでいる人や人づてに、公共機関が止まったり、電気・ガス・水道などが止まったりして非常に不便だったことや、家が倒壊したという話しを聞いても
「大変だったんだ……」ぐらいの意識で現実感がなかったのです。

その後、私は関東に移り住むことになるわけですが、「関西とは違い、こっちは地震が多いな」
と思っていました。

少しだけ地震が身近になったのです。

そして、東日本大震災に遭遇することになるわけですが、
過去の日記にも書きましたがそこで、本当の地震の揺れの恐ろしさを体験したわけです。
私の地震記録 

私の地震記録 続き

それでも、私には家も無事にあったし、電気・ガス・水道などのライフラインが止まるとかいうような ひどい目には遭遇しなかった。

なので、全然苦労はしていないのです。


今後……また大都市で、あのような大地震が起きる可能性がなきにしもあらずです。

そんな時、考えるのが
「東京に地震が起きた時、私達はどれくらいその被害に耐えられるのでしょうか?」
というもの

今、マンションの老朽化問題が取り沙汰されています。
一般的にマンションは12年から15年を目安に大規模修繕工事が必要で
40年から50年ぐらい経過した時点で建て替えが必要になります。

だけど、修繕するにも建て替えをするにも、大金がかかります。

月々積み立てた修繕積立金では足らなくて、追加料金何十万と請求されル場合もあるし。
建て替えとなると、莫大なお金がかかり、しかも住民負担となるので現実的な支払いが難しくなるわけです。
老朽化したままどうしようもなく
ほったらかしのマンションがたくさんあるわけです。
よほど、マンションが建っている土地の価値があれば転売して利益を得られるかもしれませんが、
普通は転売しても大赤字です。

耐震構造の面から考えても、1960年代の建設ラッシュから替えたほうが良いだろうと言われるマンションは
現在、約600万戸あるだろうと言われ
その中でも近うちに約100万戸の建て替えが必要と言われているのです。


しかし、この不況の世の中、修繕積立費が足りなかったり、住民のなかには滞納している者もいて、
慢性的に経済的破綻をしているマンションがほとんど。

それにマンションというのは独立国家。
理事会を開いて多数決ですべてが決まるわけですから、一つの決まりを変えたり議決したりする時、住民の意見をとりまとめるのも大変なのです。
なので、結論がどんどん先延ばしになるのです。

東京直下が来て、震度6から震度7に襲われた場合、倒壊したり破損したりする危険性が十分にあるでしょう。
今、東京オリンピックで晴海のような湾岸地域も建設ラッシュ。
東京直下が来たら、海側なので津波に襲われる心配も……。それに、埋立地は東日本大震災の時、浦安で埋立地の液状化もありました。
なので、建物自体いくら耐震構造であっても地盤が緩かったら意味が無いのです。

本当に防災のことを考えると、住む場所のことを再検討するべきなのでしょう。
しかし、「自分だけは大丈夫」と思って、さらに過去の忌まわしいこともすぐに忘れてしまうものです。
「天災は忘れた頃にやって来る」ということざは、先人の知恵なのだなとつくづく思うのです。
阪神・淡路大震災から20年。震災から学び、未来に備える - Yahoo! JAPAN http://yahoo.jp/ijG4-o
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